一人から一人一人へ 2022年8月度座談会拝読御書「妙密上人御消息」

創価学会では、毎月、全国各地で座談会という集いを開き、鎌倉時代の日蓮大聖人(1222年~1282年)が書き残された「御書」(論文や手紙など)を学び合います。機関誌の「大白蓮華」や「聖教新聞」には、その月に学ぶ「座談会拝読御書」を解説する記事が掲載されていますので、ここでは、信仰を持っていない方々にも理解しやすい視点から、青年部員が御書の内容を解説します。

8月度担当のむさしです。

私は小さな職場で働いています。あるプロジェクト(そんな大それたものじゃないですが…)のリーダーを任されたんですが、みんな個々人で抱えていることに忙しくて、なかなか共同の作業がはかどりません。そんな経験は、みなさんもありませんか?

たとえ独りでやる仕事であっても、その仕事は見えない誰かの仕事で支えられていますので(「世界は誰かの仕事でできている」ってCMもありましたね)、やっぱりいろんな人と陰に陽に協力する必要があります。

一つのことをみんなと一緒にやり遂げるためには、どうすればよいのか…。

もちろん、ビジネスにおけるマネジメントの観点も大事ですけど、ぜひここは一つ、日蓮大聖人の御書から学びたいと思います! 今月度の座談会拝読御書は「妙密上人御消息」です。

拝読御書について

「妙密上人御消息」は、1276年(建治2年)閏3月5日(注1)、日蓮大聖人が55歳の時に身延(山梨県)で記され、門下の妙密上人に送られたお手紙です。

(注1)閏月
太陰太陽暦(旧暦)において、季節と月日を合わせるために加えられる月のこと。閏月があると、その年は13カ月になる。

妙密上人について詳しいことは明らかではありません。大聖人が「上人」(当時の高僧に対する尊称)と呼ばれているので、信心強盛な門下であったと考えられます(大聖人は「光日上人」等、在家の門下をたびたび「上人」と呼ばれています)。お手紙の内容から、妙密上人は夫妻で信仰に励み、折々に大聖人へ御供養の品を届けていた弟子であることが分かります。

お手紙の中では、仏教の歴史を踏まえた上で、末法(注2)の時代には上行菩薩(注3)が出現して、妙法蓮華経の五字を全世界に弘めることを示されます。そして大聖人は、上行菩薩に先立って南無妙法蓮華経と唱えていることを述べられます。

(注2)末法
仏の滅後、その教えの功力が消滅する時期をいう。
(注3)上行菩薩
『法華経』が説く地涌の菩薩を代表する四菩薩の筆頭。『法華経』如来神力品では、末法における正法弘通が上行菩薩をはじめとする地涌の菩薩に付嘱された(託された)。

続いて、大聖人は『法華経』を根本とし、経文を深く守り、法華経の肝心である題目を自身も唱え、人にも勧めていると仰せです。もし大聖人が出現されなかったなら、仏の言葉は虚妄(うそ)になってしまっただろうと述べられ、次の御文を記されています。

すべては「一人」から

本文

日本国の中にただ一人、南無妙法蓮華経と唱えたり。これは須弥山の始めの一塵、大海の始めの一露なり。二人・三人・十人・百人、一国・二国、六十六箇国、すでに島二つにも及びぬらん。

(御書新版1711ページ12行目~・御書全集1241ページ2行目~)

意味

日蓮は、日本国の中でただ一人、南無妙法蓮華経と唱えた。これは須弥山となった始めの一塵であり、大海となった始めの一露である。二人、三人、十人、百人、一国、二国、六十六カ国まで広がり、すでに二島にまで及んでいるであろう。

語句の説明

・「須弥山」
古代インドの宇宙観で、一つの世界の中心にあると考えられている巨大な山。
・「六十六箇国」
日本全国のこと。大聖人の時代には、全国が66カ国に分割されていた。
・「島二つ」
壱岐・対馬のこと。

日蓮大聖人がこの日本でただ一人、南無妙法蓮華経と唱え始めた、との御文です。大聖人は、1253年(建長5年)4月28日の立宗宣言から、ただ一人で南無妙法蓮華経による民衆救済に立ち上がられました。それが二人、三人、十人、百人…へと広がり、日本全国にまで及んでいると述べられています。

たとえ小さな塵や露であっても、二つ三つと重なっていくことで、やっと十、百、千、万、億…となり、大山や大海となります。ただし、御文にある通り、その「一」が、いきなり「億」に増えるわけではないですよね。「一」は次の「一」を呼び、それが重なっていくんです。

なので、どんなことであれ物事を成就するには、はじめの「一人」が大切であり、その「一人」の行動が、次の「一人」を呼ぶということだと思います。そして、そのまた「一人」、また「一人」というように、「一人一人」が続いていきます。

といっても、いくら「一人」が行動しても、必ずしも次の「一人」を呼び起こせるとは限りませんよね(私のプロジェクトみたいに…)。そこで求められるのは、何でしょうか。

理想と確信をみなぎらせて

本文

今は謗ぜし人々も唱え給うらん。また上一人より下万民に至るまで、法華経の神力品のごとく、一同に南無妙法蓮華経と唱え給うこともやあらんずらん。

(御書新版1711ページ13行目~・御書全集1241ページ 3行目〜)

意味

日蓮を謗っていた人たちも、今は、題目を唱えているだろう。また、日本国の上一人より下万民に至るまで、『法華経』の神力品で説かれている通り、一同に南無妙法蓮華経と唱えることもあるだろう。

語句の説明

・「神力品のごとく」
『法華経』如来神力品には、さまざまな衆生が合掌して、声をそろえて「南無釈迦牟尼仏」と言ったことが説かれている。

当初、大聖人のことを非難していた人たちも、今では南無妙法蓮華経の題目を唱えているだろうと述べられています。これは、題目を唱える人々が着実に増えていったこととあわせて、大聖人が「立正安国論」(注4)で予言された「自界叛逆難(内乱)」と「他国侵逼難(外国からの侵略)」が的中し、大聖人への認識を改めた人々がいたことも踏まえられていると思います。

(注4)立正安国論
1260年(文応元年)7月16日、日蓮大聖人が39歳の時、鎌倉幕府の実質的な最高権力者である北条時頼に提出された国主諫暁の書。飢饉・疫病・災害などの根本原因は謗法であると明かし、正法に帰依しなければ、経典に説かれる三災七難のうち、残る「自界叛逆難(内乱)」と「他国侵逼難(外国からの侵略)」が起こると予言。しかし幕府はこの諫言を用いることはなかった。二難はそれぞれ1272年(文永9年)の二月騒動、1274年(文永11年)と1281年(弘安4年)の蒙古襲来として現実のものとなった。

さらに、日本のすべての人々が南無妙法蓮華経と唱えることもあるだろうと展望されています。ただ、この展望は、単なる理想論や願望ではありません。言及されている通り、大聖人が最勝の経典として重んじられた『法華経』(神力品)に基づいた確信です。

大聖人は、『法華経』の万人成仏の教えを一人でも多くの人々に弘め、一人一人に成仏と幸福をもたらそうと奮闘されました。粘り強い対話と行動で、多くの人が弟子となり、敵対した人々をも味方に変えていかれました。その根底には、『法華経』への揺るぎない確信と、経典に説かれる理想を実現しようとの誓いがあります。

理想へのロマン、達成への確信、目標への熱意、そして粘り強い挑戦があってこそ、はじめの「一人」の行動が次の「一人」、そのまた次の「一人」を呼び起こすのではないでしょうか。

池田先生は、「大切なことは真剣な『一人』になることです。他の人がどうかではなく、自分が勇気を奮い起こして、『心の壁』を破り、拡大の対話へ打って出ることです」(『わが「共戦の友」ーー各部の皆さんに贈る』)と語られています。

ぜひ、自分「一人」が真剣な熱意をもって、目の前の「一人一人」との語らいを大切にしていきたいですね!

御書のページ数は、創価学会発行の『日蓮大聖人御書全集 新版』(御書新版)、『日蓮大聖人御書全集』(御書全集)のものです。

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