今日も明日も自分を信じて 2025年9月度座談会拝読御書「上野殿後家尼御返事」
創価学会では、毎月、全国各地で座談会という集いを開き、鎌倉時代の日蓮大聖人(1222年~1282年)が書き残された「御書」(論文や手紙など)を学び合います。機関誌の「大白蓮華」や「聖教新聞」には、その月に学ぶ「座談会拝読御書」を解説する記事が掲載されていますので、ここでは、信仰を持っていない方々にも理解しやすい視点から、青年部員が御書の内容を解説します。
あと4カ月ほどで今年も終わるかと思うと震えませんか?
私は震えています。
トランプ大統領が就任したのが今年の1月で、ホンダと日産の経営統合が打ち切られたのが2月です。「???」とLINEのスタンプみたいな表情になっています。
最近、自分の子どもが少しだけしゃべり始めて、“ついこの間まで床に寝そべって、あうあうしか言ってなかったよな!?”と、これまた時の早さに愕然としています。
年を重ねる毎に、時間はあっという間に過ぎていきますね。
さてさて、今月の拝読御書は「上野殿後家尼御返事」です。「従藍而青」から日々の生き方を学んでいきたいと思います。
拝読御書について
「上野殿後家尼御返事」を頂いた上野尼御前は駿河国(現在の静岡県中央部)の富士上方上野郷で暮らしていた門下です。一族で最初に日蓮大聖人に帰依した夫・南条兵衛七郎に勧められ、尼御前も入信しました。
夫の南条兵衛七郎は1265年(文永2年)3月、若くして重い病のため亡くなりました。後に門下の中心人物となる次男の南条時光は当時7歳。そして、おなかの中には末っ子の五郎がいました。また多くの残された子どもを養っていかなければなりませんでした。周囲の親類は信心に反発をしていました。尼御前は夫の後を追って死のうとまで思い詰めます。それでも生きていかなければと尼御前を踏みとどまらせたのは、おなかの中にいる子どもでした。
それから夫の追善のため、尼御前は大聖人に御供養をお送りしました。
この御供養に対する御返事が、今月の拝読御書である「上野殿後家尼御返事」です。尼御前の夫が亡くなった年の7月に著されました。
大聖人は悲しみに沈んでいた尼御前の心に寄り添いながら、親族が念仏を信仰する中で、法華経の信仰に生き抜いた兵衛七郎は、生きている時も仏、亡くなった今も仏、「生死ともに仏」であり、日蓮の弟子であるのだから地獄の苦しみを免れ、必ず成仏していると教えられます。
そして、尼御前に対しては、法華経の法門を聞くたびに、求道心を燃やして信心に励んでいくようにと励まされます。この箇所が今月拝読する御文です。
迷いに打ち勝つ希望を持つ
本文
法華経の法門をきくにつけてなおなお信心をはげむを、まことの道心者とは申すなり。天台云わく「従藍而青(藍よりして、しかも青し)」云々。この釈の心は、あいは葉のときよりも、なおそむればいよいよあおし。法華経はあいのごとし、修行のふかきはいよいよあおきがごとし。
(御書新版1834㌻1行目~4行目・御書全集1505㌻8行目~10行目)
意味
法華経の法門を聞くたびに、ますます信心に励んでいく人を、真の求道の人というのである。天台は「青は藍から出て、藍よりも青い」と述べている。この言葉の意味は、植物の藍は、その葉からとった染料で重ねて染めれば、葉の時よりも、ますます青みが深まるということである。法華経は藍のようなもので、修行が深まるのは、ますます青くなるようなものである。
「従藍而青(じゅうらんにしょう)」とは、天台大師の『摩訶止観』にある言葉です。この言葉は中国の思想家・荀子の「青はこれを藍より取りて、しかも藍より青し」を踏まえたものです。植物の藍の葉は、薄く青みがかった緑色をしています。藍の葉を使った「藍染め」は、何度も重ねて染めることで、濃く鮮やかな青に染める方法です。
大聖人は、本抄では信心の修行を深め重ねていく譬えとして用いられています。夫を亡くし、不安の中にいる尼御前に対して、法華経を通して即身成仏(凡夫の身のままで成仏すること)の法門を示し、“浄土といっても地獄といっても、外にあるのではなく自分の胸の中にあるのです。これを覚るのを仏、迷うのを凡夫というのです”と、法華経の信心を貫いた夫の成仏を断言され、尼御前にも希望を持って生きていくよう励まされているのです。
なぜ、法華経の法門を聞くたびに信心に励むことが大事なのでしょうか。
それは自身の無明、つまり、自分自身の可能性を信じ切れない心の迷いを変革し、本来の自己の無限の可能性を信じていくことが大切だからです。全ての人の成仏を説いた法華経の信心は人間の持つ強さと明るさ、希望と勇気の力を引き出してくれます。上野尼御前の境遇にしてみれば、不安や絶望感、困難は日々つきまとってくるものだったと思います。しかし、本抄を拝した尼御前は、幸福も不幸も自分自身の中にあり、自分次第で幸福を大きく開いていけるという希望を持ったことでしょう。
わたしたちも次元は異なっていたとしても、少なからず不安や悲しみなどを抱くことがあります。だから、幸福への希望に触れるたびに、その不安や悲しみと向き合い、自分自身の可能性を信じていくことが大事なのです。
大聖人から頂いた御指導を大切に胸に抱き、毎日、希望と勇気を引き出し、強くしなやかに生きた尼御前の姿が私には思い描かれます。
可能性を信じて諦めない
絶望の淵にあった尼御前が信心の実践を通して生き抜いていく姿を思うとき、私がこの「従藍而青」の言葉に感じたのは、藍の染料で染め重ねて青が鮮やかになっていくように、まさに「昨日よりも今日、今日よりも明日」をより良く生きていこうという意志でした。
現在、聖教新聞で『いのちの翼を ハンセン病を生きる』が連載されています。国立ハンセン病療養所に入所する方々の信仰体験です。読んだことがない方はぜひ一読していただきたいです。
国の強制隔離政策がもとで、偏見によって社会から虐げられ差別されたハンセン病患者は、家族とは縁が切られ、故郷にも戻れない。希望という希望が打ち砕かれるほどの壮絶な偏見と差別、尊厳の否定がありました。そのような方が、創価学会と出あって驚いたというのです。「私たちに対し差別、偏見ひとつなく、創価学会はよくできた団体だと痛感した」と。
そして、信心を始めた入所者の方たちも、創価家族として、不条理の闇の中で今日という一日を、希望を持って精いっぱい生き抜き、偏見や差別と戦い続けてきたのです。
自分と他者(時に自分たちを蔑んだ人々も含め)の幸せを願い、信じ、本気で世界の平和を目指して、何があっても諦めない姿は、困難を乗り越え、未来へと希望をつなげる「従藍而青」の生き方だと思います。
どんなに困難な状況であったとしても、私たちは、自分を信じ、他者を信じる、人間の持つ強さと明るさを最大に引き出して、希望の未来を開いていきましょう!
御書のページ数は、創価学会発行の『日蓮大聖人御書全集 新版』(御書新版)、『日蓮大聖人御書全集』(御書全集)のものです。
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