「誓い」に生きる強さ 2026年5月度座談会拝読御書「顕仏未来記」

創価学会では、毎月、全国各地で座談会という集いを開き、鎌倉時代の日蓮大聖人(1222年~1282年)が書き残された「御書」(論文や手紙など)を学び合います。機関誌の「大白蓮華」や「聖教新聞」には、その月に学ぶ「座談会拝読御書」を解説する記事が掲載されていますので、ここでは、信仰を持っていない方々にも理解しやすい視点から、青年部員が御書の内容を解説します。

「ここぞというタイミングで口にも出せないような理想や目標は、結局叶うことはない」

そんな内容の歌を、私の好きなアーティストが歌っておりまして。
そのバンドはデビュー当初から色んな人に馬鹿にされてきましたが、多くの人の胸を打つ曲やライブパフォ―マンスで人気になり、今では大きな会場も埋めるようになりました。
批判や冷笑に対して「必ず勝つ」と宣言し、実力でひっくり返す。そんな彼らの姿勢を表すような楽曲を、何度も聴いては励まされてきました。

大きな理想や夢を口にすることは、勇気が伴います。
しかし、〝あえて口にする〟ほどの強い意志があってこそ、初めて実現できることもあるのではないでしょうか。

その心を、「顕仏未来記」を通して学んでいきたいと思います。

拝読御書について

「顕仏未来記」は1273(文永10)年の閏(うるう)5月11日、日蓮大聖人が52歳の時、流罪先の佐渡・一谷で著されました。

流罪中も命が狙われ、衣食住も足りていないような状況の中で、大聖人は、門下を励ますため数多くのお手紙などを執筆されました。そのうちの一つがこの御書です。

「顕仏未来記」は「仏の未来記を顕す」という意味で、釈尊の未来記を誰が、いつ、どのように、実現するかを明らかにされています。

冒頭、「私(釈尊)が滅度した(この世を去った)後、末法の初めの時代に、この法華経を一閻浮提(全世界)に広宣流布して、断絶させてはならない」という、法華経の薬王菩薩本事品第23にある経文を引かれます。

そして事実として、大聖人は法華経を弘めたことで、経典に説かれている通りの迫害をただ一人受けてこられたことなどから、御自身こそが法華経の行者であると断言されます。

その上で、末法の全ての人々を救う大聖人の仏法が、必ず中国・インドに還り、全世界に広がっていく「仏法西還」という遠大な未来を展望されたのち、締めくくりとして綴られたのが今回の拝読範囲です。

仏法の正統の系譜

本文

伝教大師云わく「浅きは易く深きは難しとは、釈迦の所判なり。浅きを去って深きに就くは、丈夫の心なり。天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し、叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」等云々。安州の日蓮は、恐らくは、三師に相承し、法華宗を助けて末法に流通す。三に一を加えて三国四師と号づく。

(御書新版612㌻7行目~10行目・御書全集509㌻8行目~11行目)

意味

伝教大師は「浅い教えは易しく、深い教えは難しいとは、釈尊による判定である。浅い教えを捨てて深い教えを採用することは、丈夫(仏)の心である。天台大師は、釈尊に従い、法華宗に力を添えて中国に宣揚し、比叡山の一門は天台のあとを受け継いで、法華宗に力を添えて日本に弘める」と述べている。安房国の日蓮は、恐れ多いことだが、釈尊・天台・伝教の三師のあとを受け継いで、法華宗に力を添えて末法に流通するのである。それゆえ、三師に日蓮一人を加えて「三国四師」と名付けるのである。

冒頭の伝教大師の言葉は、釈尊が亡くなった後に法華経を弘めることの難しさを示したものです。
仏の覚りの一部分しか明かされていない「浅い教え」より、仏の覚りそのものを説いた「深い教え」の方が理解するのも弘めるのも難しい。しかし、万人成仏の教えを弘めることこそが「丈夫の心」、仏の真意であると示されています。

この通りに法華経を弘めようとしたのが、天台大師と伝教大師でした。そして経典に説かれるままの難を受け、命懸けで法を弘めてきた大聖人も、この法華経を弘める正統に連なるという御確信から、インドの釈尊、中国の天台、日本の伝教の三師と合わせて「三国四師」と名づけられているのです。

「誓願」の力

自分が「三国四師」の系譜の中にいるとの宣言を、皆さんはどのように受け取られるでしょうか。

もしかしたら「自分からそのように名乗るのはおこがましいんじゃないか」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、「顕仏未来記」という題号の意味に立ち返ってみると、違った側面が見えてきます。

「仏の未来記」の意味について、創価学会では2つあると解釈しています。
1つは、ここまで述べてきたように、法華経を弘め続けるよう示した釈尊の未来記。
そしてもう1つは、釈尊の未来記を実現しようと、難との闘争を重ねられた大聖人御自身の未来記です。大聖人は、法華経の肝要である南無妙法蓮華経が世界中に広まることを明かされています。

つまり、「顕仏未来記」は大聖人御自身による未来への展望です。
そして、「顕す」という文字は、単に「書いて示す」というだけではなく、「現実の行動の上で実現する」ことも指します。
ゆえにここで綴られていることは、大聖人の決意、誓願であると拝されます。

日蓮大聖人の御生涯は、誓願に貫かれています。

「誓願」とは、「菩薩が、衆生を救済しようとの誓いを立て、その成就を願うこと」を意味します。
法華経では菩薩たちが正しい教えを弘めることを誓い、日蓮大聖人もまた、末法という時代において人々を救う南無妙法蓮華経を生涯、説き弘め続けることを誓願されました。

その誓いの通り、度重なる迫害に遭いながら、人々の幸福のために法を弘め続けたのです。
先述の通り、本抄を著された当時は流罪されている渦中。いつ命を落としてもおかしくない状況下にありながら、御自身が釈尊―天台大師―伝教大師の系譜に連なるという「三国四師」の言葉は、決して驕りでも慢心でもないはずです。
苦境を勝ち越えて誓願を果たし抜こうとする宣言にほかならなかったのではないでしょうか。

その強い意志は伝播し、佐渡においても大聖人の門下となり南無妙法蓮華経の題目を唱える人が生まれていきました。
やがて大聖人は流罪を赦免され、弘教を続け、御自身と同じように身命を惜しまず法を持ち弘める門下が誕生したことを見届けて、御生涯を終えられます。

それからおよそ750年、大聖人お一人の誓願によって始まった南無妙法蓮華経の実践は、時を超え、国を越えて、今、世界中に広がり、無数の幸福のドラマが紡がれています。

誓願に貫かれた大聖人の御生涯は、私たちを勇気づけます。私たちに誓願の力の大きさを教えています。

だから私は、「誓願」を大事にしたいと思います。どんな誓願でもいいですが、でも、どうせならより大きな誓願を立て、その誓願に生きたい。

池田先生は次のように綴っています。

自身の宿命転換、人間革命、一生成仏のためには、〝広宣流布に生き抜きます〟という誓願の祈りが大事になります。そこに、わが生命を地涌の菩薩の大生命、大境涯へと転ずる回転軸があるからです。具体的にいえば、〝あの人に、この人に、幸せになってほしい。仏法を教えたい〟という必死な利他の祈りです。学会活動の目標達成を祈り、行動を起こしていくことです。それが、大功徳、大福運を積む直道です。
したがって、自身の悩み、苦しみの克服や、種々の願いの成就を祈る時にも、〝広宣流布のために、この問題を乗り越え、信心の見事な実証を示させてください。必ず、そうしていきます〟と祈っていくんです。祈りの根本に、広宣流布への誓願があることが大事なんです。
(小説『新・人間革命』第28巻「大道」の章)

広宣流布=世界平和を実現するという大きな誓いに立って、目の前の一人に尽くしていく。その大きな流れの中で自身の苦悩も打開し、人生を勝ち飾っていけるのです。

自分が関わる人たちの幸福のため、そして自分自身の幸福のため、今日も「誓願」を胸に、頑張っていきたいと思います。

御書のページ数は、創価学会発行の『日蓮大聖人御書全集 新版』(御書新版)、『日蓮大聖人御書全集』(御書全集)のものです。

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