「白馬のいななき」で現状を打開 2026年6月度座談会拝読御書「曽谷殿御返事(輪陀王の事)」

創価学会では、毎月、全国各地で座談会という集いを開き、鎌倉時代の日蓮大聖人(1222年~1282年)が書き残された「御書」(論文や手紙など)を学び合います。機関誌の「大白蓮華」や「聖教新聞」には、その月に学ぶ「座談会拝読御書」を解説する記事が掲載されていますので、ここでは、信仰を持っていない方々にも理解しやすい視点から、青年部員が御書の内容を解説します。

2026年はスポーツの世界大会が豊富な“スポーツイヤー”、この6月は四年に一度のサッカーの祭典、ワールドカップが開幕します。
今から待ちきれず、ソワソワしているサッカーファンも数多くいるでしょう。


私自身も、これまで数々の熱戦に一喜一憂してきました。最後まで何が起こるか分からない。そこに、スポーツ観戦の醍醐味があります。

勝利を決する瞬間は、どのようにして生まれるのか。
今回の拝読御書では、そんな勝負を決める決定打こそ、創価学会員が日々実践している祈りであるとの日蓮大聖人の確信に迫っていきたいと思います。

拝読御書について

今月学ぶ「曽谷殿御返事(輪陀王の事)」は、1279(弘安2)年817日、日蓮大聖人が58歳の時に身延で著され、曽谷教信の息子・曽谷道宗に送られたとされます。

当時の日本は、蒙古(モンゴル帝国)による再びの襲来が心配されており、人々は不安を抱えて生活を送る状況でした。

そのような環境下で、曽谷道宗は日蓮大聖人へ「焼き米二俵」の供養を送ります。それを受けた大聖人は、その信心をたたえられ、困難な社会の中でどのように信仰者として生きていくべきかを語られます。

そして、題目の力によって、人々や社会が活力を取り戻していく姿の譬えとして、今回の御書のタイトルにもなっている輪陀王と白馬の故事を挙げられます。

この故事は、白鳥を見るといななく白馬の声を聞いて、力を得ていた輪陀王という王の話です。

ある日、白鳥たちが一斉にいなくなってしまい、白馬は全く鳴かなくなってしまいました。すると輪陀王は力を失い、そのために国自体の力が次第に衰退していきます。輪陀王はどうにかして白鳥を呼び戻そうと数々の祈祷を依頼しますが、事態は悪化する一方です。

そんな中、馬鳴菩薩と名乗る菩薩が現れ、三世十方の諸仏に祈りを捧げたところ、白鳥は戻り、それを見た白馬も鳴き出しました。白馬のいななきを聞いた輪陀王は以前にもまして国の興隆に寄与した、というものです。

この物語を受けて、大聖人は当時の日本において、誤った思想が広がった結果、さまざまな災いが起きていることを指摘されます。そして、大聖人一門の唱題の声こそが、諸天善神の力を増幅させることになるとの強い確信を示される一節が、今回の拝読範囲です。

周囲の人や環境が自分を守る

本文

白馬のなくは我らが南無妙法蓮華経のこえなり。この声をきかせ給う梵天・帝釈・日月・四天等、いかでか色をましひかりをさかんになし給わざるべき、いかでか我らを守護し給わざるべきと、つよづよとおぼしめすべし。

(御書新版1447㌻3行目~6行目・御書全集1065㌻3行目~5行目)

意味

白馬がいななくのは我らが唱える南無妙法蓮華経の声である。この声を聞かれた大梵天王、帝釈天、日天、月天、四天王等が、どうして色つやを増し、輝きを強くされないはずがあろうか、どうして我らを守護されないはずがあろうかと、強く思われるべきである。

御文に登場する「梵天・帝釈・日月・四天等」とは、法華経の実践に励む人々を守護する働きで、総称して「諸天善神」と言います。例えば、周囲の人が味方になったり、さまざまな環境が自分を守るように働いたりして、現実に状況が好転することで現れます。

その諸天善神の力が、より強く発揮されるには何が必要か。大聖人は、「南無妙法蓮華経」の唱題の声によって、諸天善神の働きが強まっていくと言われています。そして、その力の源泉となる題目を唱えた大聖人一門を守らないはずがないと、確信するよう訴えられているのです。

直接的な原因

この輪陀王と白馬の故事を初めて読んだ時に、私は輪陀王が力を増す過程は、

馬鳴菩薩が祈る→白鳥が集まる→白馬が鳴く→輪陀王が元気になる→国が栄える

となるため、最初のきっかけとなる「馬鳴菩薩の祈り」こそが、一番重要なのではないか、と感じました。

しかし、大聖人のお考えは、そのような表層的なものではありませんでした。

拝読箇所の冒頭では、「『大聖人一門の唱題の声』=『白馬のいななく声』」と言われています。輪陀王が最終的に力を増して国や民衆を栄えさせた直接的な原因は、馬鳴菩薩の祈りでも、白鳥が国に戻ってきたことでもなく、「白馬のいななき」なのです。

複合的な要素が絡み合ったとしても、最終的な決定打となったのは、白馬のいななき、すなわち私たちの南無妙法蓮華経の唱題である――ここに、大聖人がこの故事を引かれた核心があるのだと思います。

「我らが南無妙法蓮華経のこえ」がとどろいた時にこそ、環境が好転したり、周囲の人々が味方になったりして、祈る人を守るということではないでしょうか。

それは「何とかなったらいいな」という、いわゆる神頼みのような祈りではなく、「必ずこうしたい」、「こうなってみせる」という主体的な祈りであるはずです。

大聖人は、私たちの祈りを馬鳴菩薩には譬えられませんでした。輪陀王を直接力づける白馬に譬えられることによって、状況や環境の変化を待つのではなく、自らの強い意志によって状況や環境をも変えていこうとする姿勢を示されたのではないでしょうか。

自分自身の強い祈りの声こそ、どんな状況をも打開し好転させる最後の“決定打”である。この確信を胸に、祈りを重ねていきたいと思います。

池田先生は、本抄の講義で次のように綴られました。

題目は、「宿命転換の根源力」です。
いかに強固なる宿命の鉄鎖も、わが生命の根源の力を呼び現す題目の妙用で断ち切っていけるのです。
題目は、「人間革命の源泉」です。
わが生命に本来具わる仏の命を題目で呼び現し、その自由で晴れ晴れとした生命力を満喫するとき、「歓喜の中の大歓喜」と言うべき大境涯を開くことができるのです。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第7巻)

たとえ深い悩みの闇にあっても、諦めない強き祈りは、私たち自身が持つ生命力を引き出し、人生の壁を打ち破る大きな力になります。

大草原を駆け抜ける白馬のような唱題で、自身の人間革命のドラマを紡いでいきたいと思います。

白馬のいななきが輪陀王を力づけたように、その主体的で力強い姿そのものが、身近な人々を元気づけ、希望となっていくと信じて。

御書のページ数は、創価学会発行の『日蓮大聖人御書全集 新版』(御書新版)、『日蓮大聖人御書全集』(御書全集)のものです。

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