「大きな願い」に生きる 2023年9月度座談会拝読御書「御義口伝」

創価学会では、毎月、全国各地で座談会という集いを開き、鎌倉時代の日蓮大聖人(1222年~1282年)が書き残された「御書」(論文や手紙など)を学び合います。機関誌の「大白蓮華」や「聖教新聞」には、その月に学ぶ「座談会拝読御書」を解説する記事が掲載されていますので、ここでは、信仰を持っていない方々にも理解しやすい視点から、青年部員が御書の内容を解説します。

こんにちは、9月度担当のくまたです。

8月は原爆の日や終戦記念日、お盆など、故人の冥福を祈るほか、平和や安穏を願う機会が多くありました。

強い台風が接近していると聞けば、「災害に発展しないように」と願い、仕事や学校の予定に影響しないで…と祈るような思いになることもあるでしょう。

今回は、身近な「願い」について、御文を通して考えていきます。

拝読御書について

「御義口伝」は、日蓮大聖人が身延で『法華経』の重要な文を講義され、その内容を弟子の日興上人が筆録し、大聖人の許可を得て完成させたものといわれています。

日興上人は、大聖人が著された著述を「御書」として大切にし、自ら書写し講義するなどして研さんを奨励。大聖人の教えを忠実に伝えていかれた人物です。

今回学ぶのは、『法華経』の「法師品」という章の文を講義された部分です。法師品は、釈尊が亡くなった後、いかに『法華経』を弘めるのかをテーマとする章。釈尊は、さまざまな困難に負けず、万人に成仏の道を開く『法華経』を弘めていくよう勧めています。

「大願」とは何か

本文

御義口伝に云わく、「大願」とは、法華弘通なり。「愍衆生故」とは、日本国の一切衆生なり。「生於悪世」の人とは、日蓮等の類いなり。「広」とは、南閻浮提なり。「此経」とは、題目なり。今、日蓮等の類い、南無妙法蓮華経と唱え奉るなり。

(御書新版1027ページ4行目~6行目、御書全集736ページ12行目~13行目)

意味

御義口伝に仰せである。(「大願を成就して」の)「大願」とは、法華弘通のことである。「衆生を愍れむが故に」の「衆生」とは、日本国の一切衆生のことである。「悪世に生まれて」くる人とは、日蓮とその弟子である。(「広くこの経を演ぶ」の)「広く」とは南閻浮提、すなわち全世界に広宣流布することである。「この経」とは南無妙法蓮華経の題目なり。今、日蓮とその弟子が、南無妙法蓮華経と唱えることである。

これは、『法華経』法師品の内容「成就大願、愍衆生故、生於悪世、広演此経」(大願を成就して、衆生を愍れむが故に、悪世に生まれて、広くこの経を演ぶ)」(御書新版1027ページ)について、詳しく解説したものです。

『法華経』の文そのものは、次のような意味です。『法華経』を受持し、読み、誦し(唱え)、解説し、書写し、さまざまな供養をしている人は、実は、過去の世において「大願」(覚りを得ること)を成就したにもかかわらず、苦しむ衆生をあわれむからこそ、あえて悪世に生まれて『法華経』を弘める――。

これは、仏道修行を完成させて福徳を積んだ菩薩は、本来なら清浄な世界に生まれるところを、苦悩する衆生を救うために、あえて衆生と同じ悪世に生まれるという「願兼於業」の法理を指しています。

この文について大聖人は、「大願」とは広宣流布(南無妙法蓮華経を広く宣べ流布すること)であるとされています。そして、大聖人とその門下たちが、日本国のあらゆる人々のために、混乱した社会の真っただ中に生まれ、南無妙法蓮華経を弘めていくことであり、それは日本にとどまらず、全世界に弘めていくことであると説明されました。

ここで注目したいのは「大願」です。自分が成仏するためという願いだけではなく、あらゆる人々を幸福に導くために、万人成仏の教えを全世界に弘めたいという大聖人の大いなる願いが表現されています。

「願い」から「誓い」へ

一般的に言えば、大願とは壮大な願いのこと。たとえば、「世界平和を実現する」などがそれにあたります。そこには、「願い」としてだけではなく、「誓い」としても表現されるように思います。

古今東西の偉人の生き方は、大願にはさまざまな困難を伴うこと、むしろ大願を持つことによって困難さえも意味あるものに変えていけることを教えています。仏法の「願兼於業」のように。

アメリカの公民権運動の闘士であるマーチン・ルーサー・キング氏。黒人への差別的な言動をなくすための非暴力運動は、過酷な投獄にも遭いましたが、その決意が揺らぐことはありませんでした。運動の模様がメディアを通じて全米に伝わり、大きな波動となって、政府は人種隔離の禁止を命令します。「私には夢がある」との演説は、今でも私たちに希望を与えてくれます(この夏は、ちょうど60周年です)。

また「発明王」と称されるトーマス・エジソンは、人々が電気で明るい生活ができるようにと願い、実用的な白熱電球を完成させ、脚光をあびます。しかし、その成功は何百回以上もの試行錯誤の末だったといいます。世間からは「不名誉極まる失敗にいたる運命にある」などともいわれました。そうした状況でもエジソンは、“ある一つのことをするために、多くの時間と費用をかけてやった幾百の方法が間違っていたと知っても、結局そのおかげで正しい道を行くことができるのだ”と語りました。この言葉は、失敗は挑戦の異名であることを教えてくれます(『エジソンの生涯』マシュウ・ジョセフソン著、矢野徹ほか訳)。

私たちの何げない日常生活も、「大願」を持つことができれば、日々の挑戦や失敗を価値あるものに変えていけるのではないでしょうか。人類や世界を語るような壮大な願いではなくても、「家族のため」「職場の仲間のため」「地域のため」「未来のため」など、「自分のため」にプラスして、より広い視野を持つことも当てはまると思います。

池田先生は小説『人間革命』で、こう記しています。
「人生は劇場の舞台みたいなものだ。みんな登場人物となって、一生懸命に劇を演ずるしかない。人生は劇だからです。君も、広宣流布の登場人物となったからには、努力を積んで名優になることだ」と。

失敗や苦しいことがあっても、ただ「状況が変わるように願う」だけではなく、「◎◎のために、こうしてみせる!」と誓う中で、全てを意味あるものに転換できるのです。

御書のページ数は、創価学会発行の『日蓮大聖人御書全集 新版』(御書新版)、『日蓮大聖人御書全集』(御書全集)のものです。

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