自信がなかった。でも、それでよかった

高校時代に不登校を経験し、言葉にできない生きづらさを抱えていた私。けれど――創価学会の先輩がかけてくれた言葉、そして木くずでできたロボットとの出合いをきっかけに、「救われる側」から「誰かを救う側」へと変わっていきました。自信がなくても、弱くても、人は確かに幸せになれる――そんなメッセージを、いま立ち止まっているように思えるあなたに届けたいと思います。

高校2年の夏前、外に出るのが嫌になった

私はずっと「自信がない子」でした。

高校生の頃、思っていることがうまく言えなくて、“もじもじ”してるだけで、周りから勘違いされたり、イライラされたりして。緊張するとお腹が鳴っちゃって、それがまた恥ずかしくて。からかわれて、「ぐるぐる=おなら」みたいに言われたこともあります。すごくつらかった。

不登校になったのは、高校2年の夏前。家にいても、何もする気が起きなかった。外に出るのも嫌だった。

そんな私のところに創価学会の女子部(当時)の先輩Yさんが、足繁く通ってくれました。何も否定せず、相槌を打ちながら私の話にじっと耳を傾けてくれるYさん。そして、「私と一緒だね」と言って、自身の不登校時代のことを詳しく話してくれたんです。

自分一人だけが苦しみ、この世界でポツンと取り残されていると思っていましたが、そうじゃないことを知りました。何度も話を続けるうちに、「Yさんのいるところは、全て居場所のようになる。私もいつか、そんな人になりたいな」と、密かに思うようになりました。それでも依然、外出はなかなかできませんでしたが、今振り返ると、心は少しずつ動いて、“外”を向いていたんじゃないかなと思います。

「これは芸術作品です!」「これでお金を取るの!?」

転機になったのは、母から誘われたハンドメイドのイベントでした。昔からものづくりが好きだった私は、この時、“ちょっとだけ外に出てみようかな”と考えることができたんです。

そこですごく不思議な体験をしました。いろんなアーティストがいて、自分の「好き」や「世界観」を堂々と展示しているんです。中でも衝撃だったのは、“木のくずを貼っただけ”みたいなロボットを「これは芸術作品です!」って、売っていたおじさん。正直、「これでお金を取るの!?」と思いました。でも、誰に何を言われようと、自分を信じてアピールしているその姿に、胸の奥で何かがほどけました。私は救われたような感覚を覚えました。

「自分を出してもいいんだ」――その感覚が、不思議と私を少し前に進ませてくれました。それから少しずつ学校に行けるようになって、「デザインの学校に行きたい」という夢も生まれました。高校卒業後は専門学校に通い、今は広告デザインの仕事をしています。

信仰がくれた“受け入れる力”

正直、社会人になった今でも、自信はありません。でも、こう思うんです。

「自信がないからこそ、信仰を続けてこられた」と。創価学会の活動を通して、自分の弱さを受け入れてくれる人たちと出会って、また自分なりの“きっかけ”があって、少しずつ前を向けるようになりました。

「それっておすがり信仰じゃない?」って言われたら、私はこう答えます。

「確かに、すがるくらい強く信じてるよ。でも、あなたはそんなに強いの?」と。

信仰って、時には「藁をもすがる」ような、必死な気持ちから始まるものだと思います。それでいいんじゃないでしょうか。

創価学会が実践する日蓮仏法のすごいところは、自分が救われるだけで終わらず、今度は支えてくれた人たちに恩返ししようと意識や行動が変化することです。
唱題(南無妙法蓮華経と唱える祈り)を重ねるうち、弱さを隠すのでなく抱きしめる力が育っていました。自信があるように“取り繕う”のではなく、素の自分を“受け入れる”ことで、私の心は軽くなったのです。

密かな願いが現実になった

私が人間関係で悩んでいた時、友達がすごく励ましてくれ、助けられたことがありました。その彼女には、自分が学会員であることは伝えていませんでした。

「恩返しをするなら、この信心を伝えるしかない」――家で唱題しながら、だんだんとそういう思いが湧き、私は彼女を学会の会合に誘いました。対話を重ねる中で、彼女は「気持ちを切り替え、やる気スイッチが入れられる信心っていいかも」と言ってくれ、2018年9月2日に晴れて入会しました。

高校時代、「いつか誰かを支える人になりたい」と胸に刻んだ願いが現実になった瞬間でした。

これからの私、そしてあなたへ

今、私はスーパーの広告デザインを担当しています。ありがたいことに、「あなたの好きなようにやっていいよ」と言ってもらえるほど信頼されるようになりました。

それでも毎朝、池田大作先生が教えてくださったように、「今日も最高の仕事をし、職場の勝利者となり、信心の力を証明して参ります」と決意し、真剣に祈ってから仕事に向かいます。

自信はまだないけど、それでも幸せです。同世代の仲間たちと苦楽を分かち合ったり、手作りの作品をお父さんと一緒に作ってマルシェで販売したり――そんな日々が、今の私の「生きる証」です。

もし今、つらさを抱えている人がいたら、伝えたい。
自信がなくても、弱くても、大丈夫。
信心があれば、そのままの自分で、きっと輝けるようになるから。

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