どろんこノート②~大森の海を見つめて

2022年〇月×日のこと。

車は進む。まだまだ進む。都会の喧騒を縫うように。幼い子の大声を車内に響かせながら。なかなか休憩する場所がなく、やっと目的地へ。東京・大田区の大森。そう。池田先生の生まれ育った場所だ。

ここに「大田ふるさとの浜辺公園」があると少し前に知った。東京とは思えない白い浜。スマホの地図を見れば、すぐ南に「森ケ崎」「糀谷」。昔の景色を浮かべずにはいられない。師弟のロマンに生きたいと思う今日この頃です。

19歳の時。池田先生はこの海を見ながら、「森ケ崎海岸」という詩を詠まれた。この地から、平和のために身を投じられた。青年会長に就任されてから、いや、その前から一身に責任を担われた。一人の人間として、どれほどの毎日だったのか――。

潮の香りが心地いい。腰を下ろし、ふと思う。“よし、歌うしかない”

「岸辺に……」

「パパ―!!!」。

水しぶきが容赦なく飛んでくる。子どもは海に大騒ぎだ。

一緒にひと暴れした後、ここは池田先生が育った場所ということ、この海を見られていたことを子どもに話した。先生は、僕の人生を最も支え、励まし、生きる力をくれた方だ。恩がある。報いたい志もある。誰よりも尊敬する師匠のことを、僕自身のありのままの言葉で、子に伝えたい。

戸田先生は「教祖」と呼ばれることを嫌われた。池田先生も生粋の江戸っ子だ。最も庶民の味方の人だ。
池田先生を身近に感じられるよう、普段の親子の触れ合いの中で伝えていければ。宗教2世が取り沙汰されている今だからこそ、そんな思いを強くしている。

数年前、聖教新聞にこんな話が書いてあった。ある国のSGIメンバーの女性は、文化の違いから「師弟」という概念が理解できなかった。活動し、先生の行動と指導を学ぶ中でつかんだ。「池田先生が隣にいるような感覚になりました」と。
つくづく大事だなと感じる。常に師匠を隣に感じながら、今日も、仕事に子育てに、学会の庭での活動に進もう。

大森の海が夕日にきらめき始めた。帰路につく。子どもの寝息が聞こえる車内。信濃町・総本部の前を通り、僕は決意を深めた。

(次回は、大阪。「関西池田記念大講堂」予定地です)

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